- 松井歩
- MATSUI AYUMU
- [ 人文社会科学部 社会地理学研究室 助教 ]
人々との共存を探る
今回は、「空間でみる自然と人間社会」についての研究です。
世の中に、理系(自然)と文系(社会)を明確に区別できるものはいくつあるでしょうか。学校の教科は分かれていますが、現実の社会課題はすべてつながっています。「自然環境」と「人間社会」のように、一見別々に見えるものでも、実は同じ空間の中でお互いに影響し合っているのです。
弘前大学の松井歩先生は、石川県や北海道、さらには海外まで、さまざまな地域に足を運び、自然環境と人間社会の関わり合いについて研究しています。その中でも今回は、石川県の能登島に突如現れたイルカと、人々の共存をめぐる研究を紹介します。
突然イルカが棲みついたら?
2001年、石川県の能登島の海に、突然2頭のミナミハンドウイルカが棲みつき、これをきっかけに、地元の漁師たちは手探りでドルフィンウォッチングやドルフィンスイムなど、新しい観光業を始めたのです。専門家とも協力して、イルカに影響を与えない漁業のルールや組織を作り、集落の中で合意して事業は進んでいきましたが、段々と自然環境と人間のあいだに「ズレ」が生じていきました。
イルカは野生動物であるため、人間の思い通りには動きません。やがてイルカは繁殖し、行動範囲が広がってルールを決めていない他の集落にまで現れるようになると、住民からは「観光船が邪魔だ」「イルカが増えて漁がしにくい」といった不満の声が上がり始めたのです。
松井先生は、もともとの慣習やルールが存在する漁村に、野生動物という新しい要素が飛び込んできたことで、人間社会がどう揺れ動き、どのようにルールを作り替えて共存を目指してきたのかを探るため、その試行錯誤の過程を記録しました。
複雑なものを「複雑なもの」として考える
能登島のイルカのみならず、野生動物は常に動き回り、状況は変化し続けます。一方で、行政の区分や法律、産業の仕組みは場所や役割が固定されがちで、一度決めると簡単には変えられません。このズレこそが、多くの環境問題の根底にある課題です。
「イルカを守る」ということは良いことのように聞こえますが、それによって生じるトラブルも存在します。つまり、どちらか一方の視点だけに立っていては、課題が覆い隠されてしまうことがあるのです。通常、動物の研究なら生態のみ、観光の研究なら経済のみを見がちです。しかし能登島では、野生のイルカが棲みついたことで、「イルカの動きが変わると、漁師の仕事が変わり、観光のルールも変わる」という様々な変化が起こったのです。社会問題を考える際には、専門分野にとらわれず、複雑なものを「複雑なもの」として考える視点も重要なことです。
最後に、松井先生からのメッセージ
地理学は、机の前だけでは完結しません。机の前で研究することはもちろん重要ですが、それをベースに実際にフィールドへ出て、そこで暮らす人たちの生の声を聞くことも大切です。
私の研究も、漁師さんの船に乗せてもらったり、話を聞いたりすることから始まります。どちらか一方だけでうまくいくものではないので、その行ったり来たりを通して、地域のことを深く知ってもらえたらと思います。
また、自分が関心のあることをやろうとすればするほど、自分の考えや気持ちに引っ張られがちですが、自分が関心のあることだからこそ、いろんな角度から見られるようになってほしいなと思います。
楽しいこともつらいことももちろんありますが、一緒に頑張りましょう!
「能登島の野生イルカ観光」
陸奥新報社 2026年(令和8年)2月23日 掲載(PDF)
ライター:人文社会科学部4年 野村 侑以
イラスト:弘前大学大学院地域共創科学研究科 赤沼 しおり
担当 :弘前大学研究・イノベーション推進機構

