プラナリアにおける生殖様式転換機構

内容

性を伴わない生殖様式である無性生殖では、個体は普通、分化多能性幹細胞を有しており、それから組織や器官を新生して新たな個体をかたちづくります(例:カイメン/芽球形成;ヒドラ/出芽;プラナリア/横分裂後に再生;ヤマトヒメミミズ/断片化後に再生;群体ホヤ/血管出芽)。実は、哺乳類のように有性生殖しかできない後生動物は思いのほか少数派ですし、逆に全く有性生殖を行わないと考えられる生物も例外的です。多くの動物は、無性生殖と有性生殖のどちらも行う能力があり、世代、系統、環境条件などに応じて両者を使い分けているのです。子孫を残す際の多様性の創出・生殖コストという点で相反する特徴を持つ二つの生殖様式を転換する機構は、いわば両者のいいとこ取りをした都合のよい生殖戦略といえます。私達は、無性生殖と有性生殖の切り替えをするプラナリアDugesia ryukyuensisを用いて、その無性個体に人為的に生殖器官を誘導させて有性個体にすること(有性化)を可能としました。

Kenk (1941)は有性個体の頭部側1/3を無性個体の尾部側2/3に接木することにより、無性個体由来の後部に生殖器官を誘導させました。その後、GrassoとBenazzi (1973)はD.  dorotocephalaの無性個体に別種であるPolycelis nigraの有性個体を餌として与えることによる有性化に成功しました。これらの結果は、異科間でも有効な有性個体中の化学物質「有性化因子」によって生殖器官が誘導されたこと意味しています。私達は、この有性化因子が生殖様式転換機構を分子レベルで解析するための出発物質になると考え、有性化因子の単離のために迅速かつ安定した結果の得られる有性化系を確立しました。検定個体としては、D. ryukyuensisの無性生殖のみによって増殖したクローン集団OH株(当研究室で1986年に沖縄で採集した1匹の無性個体に由来する)を、有性化因子のソースとしては有性生殖のみを行うBdellocephala brunneaを用いました。この実験系では、全ての検定個体が約1ヶ月で完全に有性化します。有性化過程を形態的変化から5つのステージに分類しました(図)。ステージ1では、一対の未発達な卵巣が肉眼でみえるようになります。ステージ2では、その卵巣内に卵母細胞が発達してきます。ステージ3では精巣と交接器官の原基が現れ、ステージ4では、卵黄腺の原基が現れ、腹側に生殖孔が開きます。そして、ステージ5では、すべての生殖器官が成熟して有性個体の体制が整います。現在、天然有機化学的手法で有性化因子の単離・同定を進める一方で、有性化系を用いてプラナリア有性化現象を発生生物学と生殖生物学の両面から解析しています。